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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)6365号 判決 1975年12月11日

原告

岡部好範

ほか一名

被告

大武一二三

主文

(一)  被告は原告らに対し、各金二六万七、九四七円およびこれに対する昭和四八年三月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担、その余を原告らの連帯負担とする。

(四)  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

(一)  被告は、原告らに対し各金六八万三、六五二円およびこれに対する昭和四八年三月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

昭和四八年三月二日午前一時五分頃東京都目黒区下目黒二丁目二三番二四号山手通り路上において、訴外大武一美運転の普通乗用自動車(横浜五五も八一三〇号、以下「加害車」という。)と訴外亡岡部幹夫(以下「亡幹夫」という。)運転の普通乗用自動車(練馬五五す八〇五〇号、以下「被害車」という。)とが衝突した。

(二)  被告の責任

被告は、加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものである。

(三)  原告の傷害

原告は、右事故により、頭蓋底骨折、右側頭後頭部打撲、脳挫傷、頸椎挫傷の傷害を負い、昭和四八年三月二日から同月二八日まで奈良外科医院に二七日間入院し、青木病院に同月三〇日から同年六月二八日までの間に四四日入院し、三一回通院して治療した。

(四)  亡幹夫の損害およびその填補

1 治療費 金六一万〇、六〇五円

ただし奈良外科医院分金五〇万一、五四五円、青木病院分金一〇万九、〇六〇円である。

2 付添看護費 金八万二、五〇〇円

ただし一日当り金一、二〇〇円とした。

3 入院雑費 金一万四、二〇〇円

ただし一日当り金二〇〇円とした。

4 休業損害 金四六万円

亡幹夫は、本件事故当時月給金八万円を得ていたが、本件事故による負傷のため、昭和四八年三月二日から同年六月二八日まで欠勤のやむなきに至り、その間の給与金三二万円を得られなかつたほか、同年六月の賞与を金一四万減額支給された。

5 慰謝料 金四〇万円

6 損害の填補 金五〇万円

亡幹夫は、自賠責保険から金五〇万円の填補を受けた。

(五)  原告らの相続

原告好範は亡幹夫の父であり、同ハナは同人の母であるところ、亡幹夫が昭和四九年三月二四日脳膜炎のため死亡したので、原告らは未だ填補されない亡幹夫の損害金一〇六万七、三〇五円の二分の一に当る金五三万三、六五二円宛相続した。

(六)  弁護士費用

原告らは本訴追行を弁護士に委任し、着手金として各金五万円を支払つたほか、成功報酬として各金一〇万円を支払う旨約した。

(七)  結論

よつて、原告らは、被告に対し各金六八万三、六五二円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四八年三月三日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)および(二)の事実を認める。

(二)  同(三)のうち、亡幹夫が本件事故により、頭蓋底骨折、右側頭後頭打撲の傷害を負つたことを認め、その余の事実は不知。

(三)  同(四)のうち、6の事実を認め、その余の事実は不知。

(四)  同(五)のうち、亡幹夫の死亡の事実および原告らの身分関係を認める。

(五)  同(六)の事実は不知。

三  被告の主張

(一)  過失相殺

本件事故は、本件事故現場付近の道路が転回禁止場所に指定されていたのに、亡幹夫が後方の安全確認をすることなく、道路左端から急に発進して転回しようとしたために、右後方から進行して来た加害車と衝突して発生したものであつて、亡幹夫の過失は極めて重大である。

(二)  慰謝料の相続性

慰謝料請求権の本質は、被害者その人の精神的苦痛を慰謝することを目的としている。そこには、補償的、制裁的側面もあるが、このような個人的、主観的側面が中心なのであり、これが払拭されて単なる債務名義に転化した場合は別として、生命侵害の場合の慰謝料請求権が一般に否定されていると同様、身体侵害によるそれも受傷者本人の死亡によつて消滅するものと解すべきである。

四  被告の主張に対する原告らの答弁

(一)  被告主張(一)を争う。本件事故は、本件事故現場付近の道路の最高速度が五〇粁毎時と指定されていたのに、被告がこれをはるかに超える時速一〇〇粁以上で、しかも前方注視を欠いたまま加害車を走行させたために発生したものである。亡幹夫は、本件道路を転回しようとしたものではなく、右折して蟠龍寺境内に入ろうしたものであり、しかも右折の際には、右折信号を出し、左後方に対して十分安全確認をしていたものである。従つて、本件事故は被告の一方的な過失によるものというべきである。

(二)  同(二)の主張を争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生および被告の責任

請求原因(一)および(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  過失相殺

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場付近の道路状況は、ほぼ別紙現場見取図記載のとおり、直線で、路面はアスフアルト舗装されて平坦であり、本件事故当時乾燥していた。なお、本件事故現場付近は、最高速度が時速五〇粁に制限され、かつ、大崎方面から中目黒駅方面に向う場合は終日、中目黒駅方面から大崎方面に向う場合は午前七時から午後八時までの間それぞれ転回禁止の規制がなされていた。

亡幹夫は、被害車を運転して中目黒方面から大崎方面に向い道路左側を進行し、本件事故現場付近を右折して蟠龍寺境内に駐車しようと考え、別紙現場見取図記載<1>付近で右後方を見たが後方から進行して来る車両が見えなかつたので、右折を開始し、<2>付近で右折の合図をし、<3>付近で対向車の通過を待つため一旦停止した直後、後記のとおり加害車に衝突された。

訴外大武一美は、加害車を運転し、中目黒方面から大崎方面に向い、中央線寄りの車線を時速八〇粁を下らない速度で進行中、一〇〇米余前方の別紙現場見取図記載<1>付近に被害車を認め、次いで同図記載<イ>付近で<2>付近に進行した被害車を認めて急ブレーキをかけたが、<3>付近に停止した被害車の右側面に加害車の前面を衝突させ、被害車を<4>まで押して行つて、加害車を<ハ>に停止させた。

以上の事実が認められる。甲第七号証中の、被害車が別紙現場見取図記載<3>付近に停止して二〇秒位してから衝突されたとの部分および乙第二、第四号証中の、訴外大武一美が別紙現場見取図記載<1>付近に被害車をみたとき同車が停止していたとの部分は、いずれもたやすく措信しがたい。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右事実によると、亡幹夫には、右折を開始するに際して、右後方に対する安全確認が不十分であつたこと、右折の合図をするのが遅すぎたこと(道路交通法五三条二項、同法施行令二一条参照)、あらかじめできる限り道路の中央に寄らなければならないのにこれを怠つたこと(同法二五条二項参照)の点において過失があつたものということができる。一方、訴外大武一美としても、制限速度を大幅に超過して加害車を運転した過失があるので、彼此勘案のうえ、亡幹夫の損害につき五割の過失相殺をする。

三  原告の傷害

亡幹夫が本件事故により、頭蓋底骨折、右側頭後頭部打撲の傷害を負つたことは当事者間に争いがなく、原本の存在および〔証拠略〕によれば、同人が右傷害の治療のため、奈良外科医院に昭和四八年三月二日から同月二八日まで二七日間入院し、青木病院に同月二九日通院したのち、同月三〇日から同年五月一二日まで四四日間入院し、同月一三日から同年六月二八日までの間に三〇回通院したこと、右治療後身体的にどこが悪いということもなかつたが、動作が緩漫になり、記憶力の減退がみられたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

四  亡幹夫の損害およびその填補

(一)  治療費 金六一万〇、六〇五円

〔証拠略〕によれば、亡幹夫が治療費として、奈良外科医院において金五〇万一、五四五円、青木病院において金一〇万九、〇六〇円を要したことが認められる。

(二)  付添看護費 金一二万〇、七〇〇円

〔証拠略〕によれば、亡幹夫の入院期間中原告らが同人の付添看護をしたことが認められるところ、亡幹夫の前記傷害の程度からして、右付添は本件事故と相当因果関係にあるものと認め、一日当り金一、七〇〇円合計金一二万〇、七〇〇円が同人の損害であると評価するのが相当である。

(三)  入院雑費 金二万八、四〇〇円

亡幹夫の傷害の程度および入院期間に鑑み、同人が入院雑費として一日当り金四〇〇円合計金二万八、四〇〇円を要したものと推認する。

(四)  休業損害 金四五万二、〇八五円

〔証拠略〕によれば、亡幹夫は、本件事故当時月給金八万円を得ていたが、本件事故による負傷のため、昭和四八年三月二日から同年六月二八日まで欠勤のやむなきに至り、その間の給与を得られず、また同年六月の賞与を金一四万円減額されたことが認められる。右事実によれば、亡幹夫の休業損害は金四五万二、〇八五円となる。

(五)  慰謝料 金七〇万円

亡幹夫の前記傷害および治療期間等に鑑み、同人に対する慰謝料としては金七〇万円が相当である。

(六)  損害の填補等

以上述べたところによれば、亡幹夫の損害は金一九一万一、七九〇円となるところ、これに五割の過失相殺をすると、被告に請求しうべき分は金九五万五、八九五円となる。そして、同人が自賠責保険から金五〇万円の填補を受けたことは当事者間に争いがないので、被告に請求しうべき未填補損害額は金四五万五、八九五円となる。

五  原告らの相続

原告好範が亡幹夫の父であり、同ハナが同人の母であること、亡幹夫が昭和四九年三月二四日脳膜炎のため死亡したことは当事者間に争いがない。右事実によれば、原告らは、亡幹夫の被告に請求しうべき未填補損害額の二分の一に当る金二二万七、九四七円宛相続したものというべきである。

被告は、慰謝料請求権は相続されない旨主張するが、採用しがたい。慰謝料請求権の一身専属性ということがいわれるが、慰謝料の中にも、名誉侵害によるもの、貞操侵害によるもの等性質を異にしたものがあるのであつて、この性質の差異を無視して、慰謝料であるとのこと故に、すべて一身専属的であつて相続の対象とならないと解するのは相当でない。交通事故によつて身体を侵害された者の慰謝料請求権についてみると、類型的にみて、その行使をするか否かについて特別の配慮を要する人格的、道徳的なかかわりをもつものとはいえず、また他面、単に被害者の精神的苦痛を慰謝する機能をもつだけでなく、適正な損害額を算定するための法技術的概念として機能している面が強いことも看過できない。そして、身体傷害に対する慰謝料については、原則として遺族固有の請求権が認められないので、被害者が(債務名義等を得ないうちに)死亡した場合には、遺族が救済される余地がないことになつて不合理である。このような事情を考えると、本件における如く、被害者が交通事故により身体を傷害され、その後右事故とは無関係の原因で死亡した場合には、一旦被害者に発生した傷害に対する慰謝料請求権は、相続の対象となるものと解すべきである。

六  弁護士費用

原告らが本訴追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、〔証拠略〕によれば、原告らが着手金として各金五万円を支払つたほか、成功報酬とし各金一〇万円を支払う旨約したことが認められるが、本件事案の内容、訴訟経過、認容額等に鑑み、本件事故と相当因果関係にあるものとして被告らに請求しうべき分は各金四万円が相当であると認める。

七  結論

以上述べたところによれば、原告らの本訴請求は、被告に対し各金二六万七、九四七円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四八年三月三日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀬戸正義)

別紙 現場見取図

<省略>

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